スーツを一着あつらえるのに、しめて26万円ほどかかりました。

もちろん自腹です。
私にとっては、これまでで一番高い服の買い物です。
訪問するまでにずいぶん迷いました。
今持っているスーツで困っているわけではありません。
同じお店でも、機械で仕立てる方法を選べばもっと安く済みます。
それでも、一度でいいから自分の体に合わせて一から作った一着を着てみたいという気持ちが強かったのです。
訪ねたのは、地元神戸にある石田洋服店でした。


イタリアの仕立て屋と同じ手法で一着ずつ作る、ビスポークと呼ばれるお店です。
今回はその第一歩として、採寸に行ってきました。
オーダーと一口に言っても、ビスポークやパターンオーダーなど種類は多く、初心者にはどれを選べばいいのか分かりません。
しかも、実際にどんな流れで作るのかも、あまり知られていません。
私も安価なパターンオーダーから入った口ですが、長く着られて愛着を持てる一着がほしくなり、今回ビスポークに挑戦しました。
オーダーに手を出すか迷っている人に向けて、その流れを正直に書いていきます。
ご夫婦で営む、六甲アイランドの仕立て屋


石田洋服店は、神戸・六甲アイランドの神戸ファッションマートにある、ご夫婦で営む仕立て屋です。
店主の石田さんも奥さまもとても気さくで、初めて訪ねた私にも、肩の力が抜けた調子で接してくれました。
話がはずんで、気づけば二時間近くもお店にいました。
オーダースーツと聞くと、身構えてしまう人もいるかもしれません。
注文の仕方にはいくつも呼び名があって、正直に言えば私も最初はよく分かっていませんでした。
石田さんも、フルオーダーだのパターンオーダーだの、呼び方が増えすぎてお客さんに伝わりにくくなっていると、こぼしていました。
石田洋服店がやっているのは、そのなかでもビスポークと呼ばれるもの。ビスポークとは英語の「be spoken」、つまりお客さんと言葉を交わしながら作るという意味です。
一人ひとりの体に合わせて一から型紙を起こし、仮縫いをはさみながら仕上げていく、いちばん手間のかかるやり方です。
選ぶことの連続


石田さんとの打ち合わせは、生地選びから始まりました。
テーブルに広げられたのは、小さな生地見本をとじたバンチブックと呼ばれる分厚い冊子です。
生地見本以外にも反物のような現物生地もあり、とにかく数が多い。
値段の幅も広く、スーツ一着ぶんで三万円台のものから、生地代だけで三十万円を超える別世界のものまでありました。
どう選べばいいのか見当もつかない私に、石田さんは、どんな場面で着たいか、どんな雰囲気にしたいかを丁寧に聞いてくれます。
私が伝えたのは、季節を問わず仕事で長く着られる、オーソドックスな一着というイメージでした。
そこから石田さんが候補を絞り、二人で見比べながら決めていきます。
小さな生地見本の色は、実際にスーツに仕立てると少し明るく見えることが多いのだそうです。
だから、頭のなかのイメージより一段濃いくらいがちょうどいい。
やや暗めのネイビーというイメージは早めに固まりましたが、それでも、生地感や色合いの少しずつ異なる候補が十種類近く残りました。
スタンダードな生地にも織元それぞれのこだわりがあり、バリエーションが数多くあります。
ぱっと見は同じネイビーでも、明るさや光沢がわずかに違ったり、触れるとしなやかさがまるで異なったりします。
よく似た色を並べて見ているうちに、だんだんどれがどれだか分からなくなってきました。


最終的に、えいやで決めたのがイタリアのカノニコ社の生地です。
ダークネイビーで、目付は250gms。
ごくごく標準的なものだそうで、値段も手ごろでした。
マシンメイドか、ハンドメイドか
生地が決まると、次は仕立て方の選択です。
石田洋服店では、ミシンを主に使うマシンメイドと、手縫いを中心にしたハンドメイドが選べます。
マシンメイドは値段が抑えられ、仕上がりも早く、着心地も決して悪くありません。
対するハンドメイドの良さとしては、石田さん曰く、手縫いのほうが長く着られるのだそうです。
縫い代を多めに取り、ステッチにわずかな緩みを持たせることで、着るほどに体へなじんでいくのだと聞きました。
背中を押されたのは、石田さんのこんな一言でした。
最初の一着はマシンメイドにして、二着目からハンドメイドに変える人は多いけれど、その逆はほとんどいませんよ、と。
値段を考えれば迷いはあります。
それでも、せっかくなら手縫いの良さを知っておきたくて、私はハンドメイドを選びました。
採寸は、寸法を測るだけの時間ではなかった


姿見の前にまっすぐ立ち、採寸が始まりました。
石田さんは慣れた手つきで、バスト・肩幅・ウエスト・腕の長さ・股下と、体のあちこちを測っていきます。
スムーズな手つきで、正直どこを測られたのか、私は全部を追いきれませんでした。
ただ、バストと肩幅だけは、数回にわたって念入りに測り直していたのが印象に残っています。
石田さんによると、採寸は姿勢による誤差が大きく、立ち方ひとつで数センチ変わることも珍しくないのだそうです。
ただ長さを測るのではなく、その人がふだんどう立ち、どう動くのかまで見ているのです。
寸法を測るだけの時間だと思っていた私には、これが少し意外でした。


じつは採寸の前に、サンプルのジャケットを羽織って、大まかなチェックもしてもらっていました。
そこで石田さんは、胸を張って反り返る癖に加え、やや下がった左肩や巻き肩ぎみの姿勢まで言い当てました。
どれも自分では気づいていなかったものです。
たとえば反り返る癖のせいか、私は既製服を着ると腰の後ろにくしゃっとした横ジワが必ずと言っていいほど入ってしまいます。


こうした癖も全部ひろって、型紙に反映してくれるそうです。
まっすぐ立った寸法に服を合わせるのではなく、いつもの私の立ち方に服を合わせる。
ここに、既製服との一番の違いがありそうです。
腰の位置を高くして脚を長く見せたいと伝えると、石田さんは少し笑って「30年代っぽくていいですね」と返してくれました。
細かい仕様はこの日は詰めきらず、次の仮縫いで調整していくことになりました。
採寸のあいだは会話もよく弾み、神戸で生まれ育った者どうし、地元の話で盛り上がりました。なかでも神戸タータンの話は特に印象的でした。


かかった費用と、これからの流れ
正直に、かかった費用も書いておきます。
冒頭でお伝えした、26万円ほどの内訳です。
石田洋服店の仕立て代は公開されています。
私が選んだハンドメイドのスタンダードは、税抜で15万1千円からです。ここに三つ揃いのベストが加わり、私の場合の仕立て代は19万7千円になりました。
さらに生地代の4万1千円が乗って、税込ではしめて26万円ほどでした。
ちなみに機械仕立てのマシンメイドなら、仕立て代は8万円ほどから。
まずは一着という入り口なら、こちらもじゅうぶんに現実的だと思います。
安い買い物ではありません。
それでも、一度は手縫いの一着を持ってみたくて、私はこの金額を納得して払いました。
費用の次は、完成までの流れです。
この日はまず採寸を済ませました。
次は8月の頭ごろに仮縫いがあり、仕上がりは十月ごろの見込みです。



頼んでから、三か月ほど待つことになります。
石田さんによると、七月に来店する人は、みな秋冬物を目当てにしているそうです。
夏のあいだに仕込んで、涼しくなるころに袖を通す。
この待つ時間も、オーダーならではの楽しみだと感じています。
次はいよいよ、仮縫いへ
採寸を終えて、実際に動き出した実感がうまれました。
次はいよいよ仮縫いです。
私の体型を織り込んだ型紙が、はじめて立体になって目の前に現れます。
その姿を見て、どこをどう直していくのか。楽しみです。










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